ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム
三河湾のアサリを採って味わう 漁獲減少から海の環境変化を知る
愛知県を代表する魚介のアサリ。三河湾は一大産地で、県の漁獲量は全国一を誇る。春になると身入りが良くなるアサリは調理も簡単。味噌汁や酒蒸しなどにして食べることの多い、私たちにとってなじみのある二枚貝だ。県内には多くの潮干狩り場があり、期間中は人気の海洋レジャーとなっている。ところが近年、アサリは全国的に漁獲の不振が続いており、漁業者にとって死活にかかわる大きな問題となっている。海で何が起こっているのか。愛知の特産であるアサリを自分で採って調理し味わい、海のことについて考えてみたい。
たくさんの生命を宿す三河湾
5月下旬の正午過ぎ、愛知県美浜町にある「河和口潮干狩り場」を訪れた。名鉄「名古屋駅」から約50分で「河和口駅」に着く。この潮干狩り場は、駅のすぐ前に広がる。採取料金は1400円で、指定の網袋一杯まで持ち帰ることが可能。貸し出している熊手を100円で借りて、浜に下りた。平日だからか人の数は少ない。中年の男性や幼い子どもを連れた夫婦など、20人くらいが掘っていた。
石がごろごろしている浜を掘ると、親指の爪くらいのアサリがいくつか採れた。潮干狩り場の係りの女性に見せたら「もっと大きいのが採れるよ」と言って、浜の奥のほうへ案内してくれた。女性が慣れた手つきで堀り始めると、大きなアサリがざくざくと涌くように現れる。「ここ(の浜)は自然に涌く。しばらく三河湾のアサリは良くなかったが、今年はいいほう」。係りの人によると、ポイント選びは大切で、このあたりの浜は石が多いのだが、そのなかでも砂地があるところを選んで掘るといいと話す。大きなアサリが見つかったら、そのまわりにも大きなものがたくさんいる。しばらく掘って見つからなければ、他のところに移ると良いそう。アドバイスを聞いて自分で場所を選んで掘ってみたが、なかなか見つからない。地元の人は、みんな潮干狩りの達人なのだろうか。
係りの女性によると、この潮干狩り場は「もう何十年、種(稚貝)は入れていない」という。ここで採れるアサリは、三河湾のどこかで産まれ、この浜にたどり着いて成長したのだろう。この内湾は、たくさんの生命を宿している。この日は3時間くらいで、網袋にいっぱい捕ることができた。1キロ以上はある。家に帰ってから行うアサリの砂抜きは、海水を使うとうまくできるので、空のペットボトルを用意し、汲んで持ち帰った。アサリは保冷バッグの中に入れたが、保冷材もあると良いだろう。服装は、汚れてもいい薄手の長袖と長ズボンで、アクアシューズがあると濡れてもいいし安全だ。ずっと屈んでいると腰が疲れるので、折り畳みイスを持ってきている人もいた。潮干狩りでは日焼け対策を万全にし、こまめに水分補給を行うよう気を付けたい。
大きく減ったアサリ資源
「平成30年(2018年)漁業・養殖業生産統計」(農水省)によると、全国のアサリ類の漁獲量6800トンのうち、愛知県産は3割近くを占めており全国トップとなっている。県内の漁獲を見ると、三河湾の西三河地区(西尾、碧南市)が圧倒的に多い。愛知でアサリを獲る漁業種類には、鉄製の枠でできた大きな漁具で海底をさらう「小型機船底びき網漁業」、たくさんの爪がついた「マンガ」と呼ばれるカゴを人力で揺すって獲る「腰マンガ漁業」、深いところのアサリを長い柄を付けたマンガで獲る「長柄マンガ漁業」、手かぎを使った「手掘り漁業」がある。
三河湾のアサリは、六条潟(豊橋市)の干潟で発生する稚貝の移植放流やそれぞれの漁場の管理など、漁業者や行政の取り組みによって守られ、漁業が行われている。漁業者は、小さなアサリを保護するため漁獲物の大きさを制限したり、操業日数や時間を決めて獲りすぎないようにしたりし、資源を守っている。アサリは、北海道から沖縄まで日本中の浅い海に分布し、海の中の小さなプランクトンや有機物を食べている。河口や干潟域に多く生息し、春と秋に産卵する。ふ化した幼生は浮遊し、しばらくして海底に着底。1年で約2センチ、3年で約4センチまで大きくなる。
内湾の豊かさをあらわす象徴的な存在のアサリだが、1960年代から10数年の間は全国で10万トン以上獲れていたものの、80年代に入ると漁獲量は大きく減り、2016年以降は1万トンを切っている。かつては全国の約7割を生産していた愛知でも、この10年で漁獲量の減少が著しい。少し古いが「提言 国産アサリの復活に向けて」(2009年3月改訂、アサリ資源全国協議会企画会議、水産庁増殖推進部、独立行政法人水産総合研究センター)によると、生息適地の減少と漁場環境の変化、不十分な資源管理、新たな病虫害の発生・顕在化などが問題点としてあげられている。この他にも、食害生物がアサリを大量に捕食してしまう問題があり「ナルトビエイ」という魚や「ツメタガイ」という巻貝がよく知られている。三河湾の一部の海域では「カイヤドリウミグモ」という寄生生物が多く発生し、アサリの生産が低迷していると地元の漁業関係者から聞いた。また海中のプランクトンが異常繁殖する「赤潮」や、大量発生したプランクトンの死骸が海底にたまり、分解される際に多くの酸素が消費され、発生した貧酸素水塊が浜に寄せる「苦潮」によってのアサリの死滅もあり、三河湾では起こりやすい。全国の海域によって主要因は異なるかもしれないが、アサリ資源の減少にはいろいろな原因がある。こうした海の環境変化は、海や陸を経済活動のために開発し、家庭や工場からの排水を海に流している、私たちの暮らしからの影響も大きいだろう。
採ったアサリを調理してみた
潮干狩りで採ったアサリを一晩置いて砂抜きし、自宅で調理した。今の時代は便利である。インターネットで調べれば、食べたい料理の作り方がすぐにわかる。潮干狩り場にいた係りの女性の何人かにおすすめの食べ方を聞いたが、やはり酒蒸しや味噌汁にして食べるのがおいしいとのことであった。なので、アサリ料理の定番である、この2つの料理を作ることにした。まずは酒蒸しだ。
アサリの貝殻をこすり合わせて汚れを取る。熱したフライパンにバターを溶かし、チューブ入りのニンニクおろしを少し加えて香りをつける。そこにアサリと料理酒を入れ、ふたをして火にかける。アサリの口が開いたら火を止めて、刻みネギを振りかければできあがりだ。濃厚なバターとニンニクの風味が食欲を刺激し、アサリの深い味わいが楽しめる。
味噌汁は、水を満たした鍋にアサリを入れ、火にかける。アサリの口が開いたら、味噌を溶いて完成だ。アサリの出汁を味わいたいので、加える味噌の量は少な目にしておいた。貝の旨みがしっかりと出ていて、ご飯がどんどん進む。この2つの料理は、短時間で簡単に失敗なく作れるのでおすすめだ。余ったアサリは、一食分ごとにビニールのジッパーに詰めて冷凍保存しておくと、次に調理で使うときに便利だ。
アサリが手に入ったときは、いつも味噌汁か酒蒸しにして食べているが、今回はたくさんの量があり、違ったものも食べてみたいと思ったので、「あいちの水産物ハンドブック100」(愛知県農林水産部水産課監修)に載っていた「アサリとキャベツの春パスタ」を作ってみた。フライパンにオリーブオイルとニンニクを入れて炒め、そこにアサリを加える。アサリの口が開いたら、切ったキャベツと輪切りにした鷹の爪を入れ、キャベツがしんなりしたところでスパゲッティのゆで汁を適量注ぎ、塩とコショウで味を調える。そこにスパゲッティを加え、全体を合わせたらできあがりである。アサリの出汁がしっかりと出ているスープをスパゲッティと絡めて食べると、飽きのこない味わいで食べ始めたら最後まで止まらない。自分が採った食材を調理することもだし、地元の海を身近に感じながら味わう食事は、特別感がある。三河地方には、三河湾のアサリを使った西尾市幡豆町の郷土料理「はずあさりの豆味噌焼き」や、蒲郡市の名物「ガマゴリうどん」があり、地元の店で味わえる。機会があったらぜひ食べてみてほしい。
陸も含め一体で考える
「魚介類を食料として利用することは、赤潮や苦潮のもととなる過剰な栄養塩を漁獲物として陸に取り上げることから、海の浄化にも役立っています。そのような働きのことを『再資源化リサイクル機能』といいます」(愛知県水産試験場ホームページ「干潟のごちそう」より)。同試験場によると、人間の生活によって、陸から海へ大量の栄養塩(窒素やリン)が排出されている。過剰な栄養塩は海を富栄養化し、ヘドロ化や海中の酸欠が進んで生態系に悪影響を及ぼす。そして栄養塩は、食物連鎖を通して魚介類にも吸収されるという。魚介類を獲ることによって、漁業、さらには潮干狩りも再資源化リサイクル機能の促進に役立っているのだとすれば、食べることが環境の維持につながっていると言える。アサリの減少にはいくつもの要因があり、そのなかにはダムや堰といった横断構造物の設置による海への土砂供給の不足も考えられる。海だけでなく陸を含めた三河湾の流域を一体でとらえ、考えていかなければならない。アサリの生息環境を守ることが、海を守ることにつながるのである。