ENVIRONMENTALCOLUMN 環境情報を知りたい方/環境コラム

湧き水は水循環の「のぞき窓」 水巡りで見えてくる環境都市なごやの将来像

取材・文 関口威人
  • SDGs
  • まち
  • 自然

名古屋は水道水が「名水」として売り物になるほど、水のおいしい街とされている。しかし、水道水ばかりではなく、自然の澄んだ水がコンコンと湧き出る場所もまだ見つかる。コンクリートやアスファルトに囲まれた都会で、こうした「湧き水スポット」が残る意味は何だろうか。各地の水の流れをたどりながら、その大切さについて考えてみた。

■「孫みたい」な湧き水スポットを毎週清掃

北区の地下鉄「黒川」駅近く。高速道路と国道41号線の下を流れる堀川(黒川)のたもとに、川とは違う水をたたえた小さな広場がある。「北清水親水広場」という名前のその広場から湧き出す水は、「清水わくわく水」と呼ばれる。

「15年前にこの湧き水が出来たとき、近くの清水小学校の生徒が名付けたそうです。今ならもうお子さん連れでここを散歩に来られてもいい年でしょう。そんなときに今もこの場所が『きれいだな』と思ってもらえたらいいですよね」

そう言いながら親水広場の清掃に励んでいたのは、地元ボランティアの松村武夫さん(79)だ。

松村さんは5年前から市民団体「ロマン黒川の会」に入り、週に1回の親水広場の清掃や3カ月に1回の黒川沿い(夫婦橋〜親水広場)約2キロの清掃活動に欠かさず参加している。中でも「清水わくわく水」の手入れは他のメンバーから一目置かれるほど熱心だ。

湧き水を囲むブロックを丹念にブラシでこすり、水底に敷かれた白い玉石を磨き、周辺にびっしりと生えてしまう藻をデッキブラシですっきりと掃き出す。

水がきれいになると、さっそくハトがやって来て水面をつつく。散歩の犬も待ってましたとばかりに水浴びをしに来る。

「動物も草木も、みんながこの水の潤いを分かち合っている。私もこの水で癒やされている。自分の“孫”みたいなもんですよ」と松村さんは笑顔を見せた。

「清水わくわく水」の清掃活動に励む松村武夫さん=2023年9月5日、筆者撮影
池の底もデッキブラシで丁寧に掃除する松村さん=2023年9月5日、筆者撮影
国道脇から親水広場へ降りていく階段の手前に説明看板がある=2023年8月25日、筆者撮影

■「水の環復活プラン」の一環で整備してから15年

清水わくわく水を覗き込むと、水が湧き出ているのは塩ビパイプの奥からだと分かる。パイプは直径約10センチで、地下約30メートルまで打ち込まれている。その深さの地層にしみ込んだ雨や、近くを流れる一級河川の庄内川、矢田川などからの地下水が集まり、パイプをつたって湧き出してくるのだ。

「そうした水の循環を見えるようにした『のぞき窓』が、清水わくわく水なんです」。市環境局で水循環を担当する地域環境対策課の木綿愛子さんはそう説明する。

空から降る雨は地面にしみ込み、川や海に流れてまた大気に戻っていく。その過程で草木や動物は潤い、人は水道水などの形で水を利用する。そうした水の循環を名古屋市では「水の環(わ)」と呼んでいる。

しかし、都市化が進むと街がアスファルトやコンクリートに覆われ、雨が地下にしみ込まなくなってしまう。その影響で湧き水が減ったり、逆にあふれた水が街を襲ったりする。

こうした問題意識から、名古屋市は2007(平成19)年に「なごや水の環(わ)復活プラン」を掲げ、行政と市民が一体となって健全な水循環を回復させようと呼び掛けた。その取り組みの一つが「豊かな地下水・湧水を取り戻す」ことで、具体的には「堀川への浅層地下水の導入」が挙げられた。清水わくわく水の整備はその一環だったのだ。

「当時、堀川沿いには既に2本の井戸がありましたが、ポンプ式でした。清水ではまず観測井戸を掘って地下水の深さを確かめ、湧き出す圧力も十分あることから本格的に井戸を整備しました。都会で自噴する井戸は今でも非常に珍しいものと言えます」と木綿さん。

湧き出る水の量は毎分30〜50リットルで、季節によって変動はあるが安定している。飲み水としては推奨されていないが、手で触れると冷たくサラサラとして心地よい。ただ、水温は松村さんが定期的に測定したところ、近年は19度ほどで、完成当時に記録された17度より2度ほど高くなっている。

これがただちに地球温暖化の影響とは言えないが、水辺を取り巻く環境がこれから変わっていくことは間違いないだろう。既に近年の夏の猛暑は、松村さんたちの活動を酷なものにしている。

「ロマン黒川の会」のメンバーは現在、約10人。「平均年齢は…75歳ぐらい?」。会長の大島照光さん(69)は周りのメンバーと目を合わせながら笑った。

清水わくわく水が完成した2008(平成20)年、北生涯学習センターで堀川・黒川の歴史について学んだ受講生たちが会を結成。清掃活動のほか、子ども向けの観察会や桜の調査などを通じて黒川の歴史や環境について啓発してきた。

「子どもがいつでも入れるきれいな川にするのを目標にやってきました。掃除をしていて地域の人から『ありがとう』と言われるのがメンバーのやりがい。課題は後継者づくりですね」

水だけでなく“人の環”も広げるべく、大島さんたちは日々活動を続けている。

「ロマン黒川の会」のメンバー。右から2番目が会長の大島照光さん、左端が松村さん=2023年9月5日、筆者撮影
2007(平成19)年に策定された「なごや水の環(わ)復活プラン」の概要版
「なごや水の環復活プラン」で掲げられた取り組みの4つの柱。取り組み事例として「堀川へ浅層地下水を導入します」とある

■「復活プラン」から「戦略」で2050年の姿をより具体化へ

市は復活プランを発展させる形で、2009(平成21)年3月に「水の環復活2050なごや戦略」を策定。2050年をめどに、水循環の観点から実現したい名古屋の姿と、そのために取り組むべきことなどをまとめた。

2050年に目指す名古屋の姿としては、川と街並み、農地や森林などの関係が1枚のイラストとして描かれている。

建物やその周辺と駐車場などは「屋根や敷地に降った雨を、できるだけ敷地内で浸透・貯留、蒸発散させる」ことを目指し、地域施設(コミュニティーセンターや学校など)は「災害時に生活用水・防火用水を補助できる」ことなども目標とする。

また、農地や湧水池、ため池などが保全・保護されることによって「いろいろな生き物がすんでいる」「雨が地中にしみこんで地下水がしっかり涵養(かんよう)されている」「まちの中でも季節を感じられる」などの効果が期待できるとしている。

こうした取り組み状況の指標として採用されたのは「水収支」という考え方だ。

名古屋に降る雨の量を100としたとき、都市化が進む前の1965(昭和40)年は41%が地下に浸透・貯留できていたのに対し、2001(平成13)年は3分の1の14%に減ってしまった。

逆にコンクリートやアスファルトの上を「直接流出」してしまう水の量は、1956年の27%に対して2001年は倍以上の62%だった。つまり、せっかく降った雨水が地下水とならず、直接流れ出すことで環境上のロスや災害リスクを増やしてしまっている。

戦略では2050年までに浸透・貯留を33%に増やし、直接流出を36%に減らすことで、水循環を健全化していこうとする目標を掲げる。そのために必要な取り組みとして、緑被地の拡大や歩道の透水性舗装、戸建て住宅の雨水タンクの普及などを組み合わせることが例示されている。

「水の環復活2050なごや戦略」で、水循環の観点から「2050年をめどに実現したい名古屋の姿」のイラスト
「建築物とその周囲や駐車場」については具体的に透水性の舗装や雨水利用、打ち水などの取り組みが挙げられている
数値目標として採用された「水収支」。大気への「蒸発散」を31%に、地下への「浸透・貯留」を33%に増やす一方、「直接流出」は36%に減らすことを目指す

■鶴舞の図書館には「つるのめぐみ」、今後も「見える化」で啓発

こうした取り組みは、行政だけでできるものではない。名古屋の市域は約6割が民有地で、多くの市民の理解や協力が不可欠だ。また、地下水の流れ方などの水循環については、まだよく分かっていないことが多く、科学的な解明や知見の共有も進めていかなければならない。

それらを踏まえて、戦略では2012(平成24)年までを第1期として具体的な実行計画が立てられた。透水性舗装による道路整備や公共施設での緑化促進から、市民参加の湧き水モニタリング、市内各地での「打ち水大作戦」まで、全庁的にさまざまな取り組みが進められ、一定の効果はあった。しかし、水収支は「浸透・貯留」が11年間に1%増加した程度で、大きな改善は見られなかった。

実行計画は現在、第2期に入っており、雨水の流出抑制対策では昨年(令和4年)から民間で雨水タンクと浸透雨水ますを設置する際、市が費用の3分の2を助成する制度などが始まっている。

啓発事業では、鶴舞中央図書館(昭和区)の地下1階に湧き水を見学できる施設が2018(平成30)年に整備された。図書館は地盤を掘り込んで建設されたため、地下部分の擁壁などから水が湧き出ている。これを木の樋で集めて「つるのめぐみ」と名付け、図書館の開館中なら誰でも一部を見学できるようにした。このほか、猪高緑地(名東区)と山崎川(千種区、昭和区、瑞穂区、南区)についても「水の環ガイドブック」や紹介動画が作られている。

木綿さんは「地下水や湧き水は目に見えにくいものですが、名古屋では清水わくわく水を先駆けとして今後も市民に見える形にしたい。実行計画も当初は第2期を2025年までとしていましたが、前倒しで次の計画づくりを進めていきます。それだけ水循環が名古屋にとって大切なテーマであることを伝えていければ」と話す。

猛暑と水害が続き、水のありがたさや怖さを実感した夏が過ぎた。この秋は少し違った視点で名古屋の「水巡り」をしてみてはいかがだろうか。

鶴舞中央図書館の地下1階で見られる湧き水「つるのめぐみ」=2023年8月25日、筆者撮影
木の樋をつたって流れ出す湧き水は図書館開館中なら誰でも見たり触れたりできる=2023年8月25日、筆者撮影
鶴舞公園内にあり、開館100周年を迎える鶴舞中央図書館=2023年8月25日、筆者撮影