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フェアトレードショップの老舗「風”s」の世代交代から見える世界と名古屋の未来

取材・文 関口威人
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環境問題やSDGs(持続可能な開発目標)と密接に関わる社会テーマとして認知されているフェアトレード(公正な貿易)。名古屋市でいち早くフェアトレード専門店として東区にオープンし、四半世紀近く普及拠点ともなっていたフェアトレードショップ「風”s(ふ〜ず)」が北区に移り、2023年7月に新装開店した。

先代のオーナー・土井ゆき子さんから経営を引き継いだのは、大学在学中にフェアトレードの理念に出合い、土井さんの店で修行を積んだ六鹿(むしか)晶子さん。名古屋市が「フェアトレードタウン」になってから今年9月で10年目に入る。「生産者と消費者、そして訪ねてくる人同士の『顔の見える店』にしたい」という六鹿さんに、これからの時代のフェアトレードと名古屋への思いを聞いた。

1996年に初代の店がオープン、行政を巻き込み「タウン」運動も

初代「フェアトレード・ショップ風”s」は1996年、東区の愛知県女性総合センター(ウィルあいち)内にオープンした。3人の子育てが一段落した土井さんが女性起業セミナーを受講してフェアトレードについて知ったとき、ちょうど1階のテナントを募集していたため、応募して書類審査などを経て入居。フェアトレードの専門店は名古屋どころか中部地方を探してもまだなく、土井さんは数少ないツテをたどって一から店づくりを始めた。店名は「情報が行き交う風の交差点」という意味で名付けたという。

店の経営と並行し、土井さんは行政を含めて街ぐるみでフェアトレードに取り組む「フェアトレードタウン」運動を進めようと、2009年に「名古屋をフェアトレード・タウンにしよう会(なふたうん)」を発足。徐々に仲間を増やし、2013年には「フェアトレード名古屋ネットワーク(FTNN)」ができ、2015年9月には名古屋市がフェアトレードタウンに認定された。当時、「環境デーなごや」のステージ上で河村たかし市長とFTNNの原田さとみ代表(当時)が認定証を受け取るとともに「国際フェアトレードタウンなごや宣言」を読み上げ、「みんなでやろみゃあ!フェアトレード」と呼び掛けた。

フェアトレードタウンは世界的な基準をもとに各国で認定される仕組みで、日本では「日本フェアトレード・フォーラム」が市民への啓発や地元議会の決議と首長の宣言など6つの基準を満たした自治体を認定。名古屋市は熊本市に次いで全国2番目の認定都市となり、その後の静岡県浜松市や三重県いなべ市など周辺自治体の認定にはずみを付けた。

一方、土井さんはウィルあいちとの20年間のテナント契約が切れたのをきっかけに、2016年6月に店舗を同じ東区内の正文館書店本店2階の一画に移転。それまでは「一種の土産物店だった」のを「より日常的な店として親しまれたい」という思いで新たな店づくりに取り組んだ。

そうした動きがあった頃、風"sで働き始めていたのが六鹿さんだった。

六鹿さんが昨年7月、北区に移転オープンさせたフェアトレード専門店「顔のみえる店~FAIR TRADE 風"s」=2024年2月、筆者撮影
2015年9月、「環境デーなごや」のステージ上で名古屋市のフェアトレードタウン認定に伴う宣言をする河村たかし市長。右端が土井ゆき子さん=筆者撮影
東区の正文館書店本店2階にあった「フェアトレードショップ風"s」=2017年、筆者撮影

■学生時代にベトナムで衝撃受け、フェアトレードと出合う

六鹿さんは岐阜県生まれで、2009年に名古屋市の南山大学に入学。1年生のとき、大学内のプログラムとしてベトナムでマングローブの植林に取り組んでいるNGO「南遊の会」の現地活動を見る機会があった。

そこでエビ養殖のためにマングローブ林が次々と切り開かれて土壌が汚染されている様子や、ベトナム戦争時の枯れ葉剤使用の影響を見聞きして「衝撃を受けた」と六鹿さん。一方で「農村でのこぼれんばかりの星空を見て、日本の暮らしで失ったものを感じた」という。その失ったものを取り戻す手段の一つが「フェアトレード」ではないかと気付いたのだ。

大学卒業後は環境系の企業に就職。しかし、1年間で心身が疲弊してしまって退社し、2014年に土井さんの店に飛び込んでスタッフとなった。学生時代のベトナムでの体験を思い出しながら、東南アジアをはじめアフリカ、中東などのフェアトレード商品を扱い、お客さんとの会話を楽しむ仕事にやりがいを感じ始める。若い友人や大学とのつながりを生かして、フェアトレードを学びたいという学生や文化祭での企画などに積極的に対応した。

ところが5年ほど経ったころ、土井さんが店をやめようかと言い始めた。2拠点生活として暮らし始めた豊田市山間部の野入町でのカフェ経営が軌道に乗り、そちらに軸足を移したいのだという。

一方、六鹿さんは結婚や名古屋市内への転居を予定していた。いずれ子どもができたらと考えると、この店も親子連れがくつろげるようにしたいと思っていたところだった。

そんな2人の思いやタイミングから、これまでの店の経営は六鹿さんに任せ、土井さんは豊田のカフェにフェアトレードコーナーを設けて「フェアトレード・風"s in 野入」として卸業を継続。2020年1月、名古屋の店は「顔のみえる店~FAIR TRADE 風"s」として新装オープンした。

大学1年生のときに行ったベトナムで現地の若者と交流する六鹿さん=本人提供
土井さんから六鹿さんに「風"s」の経営が受け継がれて新装オープンする際のお知らせ
新装オープン後の2020年2月に訪れたカンボジアで若者の教育や就労支援をする学校を視察した六鹿さん(前列中央)。「新婚旅行」を兼ねて夫の直樹さん(前列右)も一緒に=本人提供

■経営を引き継いですぐコロナ禍、4年目には移転先探し

店内は六鹿さんが希望したように、親子でもくつろげる休憩スペースとして小上がりの畳スペースを設置。そこで座りながら購入したコーヒーや紅茶を味わえるようにした。「フェアトレードと手仕事」を強調し、刺しゅうの体験会なども企画した。

しかし、その時期から新型コロナウイルスの感染が日本でも拡大。小上がりスペースを利用した対面の集まりは中止や延期を余儀なくされた。

世界的な物流の混乱で予定の商品が入ってこないことも多かった。ただ、現地の生産者らが急きょチャーター便を確保するなど工夫し、混乱が長引くことはなかった。「小さな草の根の団体の方が、コロナのような非常時には細かで柔軟な対応ができると思いました」と六鹿さんは振り返る。

こうしてコロナ禍を乗り切ろうとしていた4年目、今度は店が入居していた正文館書店本店が2023年6月末で閉店するという知らせが。「この本屋さん自体が大好きだったので、正直とっても悔しかった」という六鹿さんだが、店を続けるためには移転先を探さなくてはならない。それから数カ月、六鹿さんは名古屋市内外で入居できそうな物件を探し回った。

何十件と見て回るうちに、ぴったりの物件が六鹿さんの住む北区に見つかった。市営地下鉄「黒川」駅前に「都市型環境共生ビル」として建てられた「グリーンフェロー」という5階建てビルの3階の一室が空いていたのだ。

これまでの店よりは一回り小さなスペースだが、逆に「お客さんの顔がよく見える」かもしれない。こだわりの小上がりスペースも畳1枚分設けた上で、600種類以上ある雑貨や食品をなんとか収め、2023年7月17日に移転オープンにこぎつけた。

営業日は月・木・金・土曜の週4日、時間も午後0時〜午後5時に絞った。3年前に長男が産まれ、夫の直樹さんと交代で子育てに励んでいるからだ。「無理をすると続けられないので。暮らし方を含めて自分に正直でいたい」と自然体を意識する六鹿さん。限られた時間や場所で、訪れた人に「商品の背景を伝えられることがすごく楽しい」という。

土井さんは「私が豊田に引っ込む中、気がかりは若い学生さんたちの立ち寄る場所がなくなることでしたが、六鹿さんが店の経営にトライしてくれてほっとしました。子育てしながらの彼女の頑張りは、若者たちの励みにもつながっていくと思います」とエールを送る。

正文館書店本店の閉店に伴い、「風"s」が移転した北区のビル「グリーンフェロー」=2024年2月8日、筆者撮影
「風"s」のある3階に向かう階段。「フェアトレード」と書いた旗が掲げられている=2024年2月8日、筆者撮影
3階フロアの奥に「風"s」の入り口がある=2024年2月8日、筆者撮影

■「貧しい国の支援」から自分たちと生産者との「学び合い」へ

六鹿さんは最近、経済誌の記事で「フェアトレード農園への投資が広がっている」という話題に目を引かれた。

地球温暖化の影響を最も受けるのは貧困国の農家だ。もし彼らが農作物を生産できなくなったら、先進国の食料供給も不安定になる。また、人権や環境への配慮が経済活動にますます強く求められる時代。それらの基準に合致するフェアトレードへの投資は、貧困国支援のためだけではなく、自分たちのために必要だと先進国の人々が考え始めているというのだ。

「最近ではフェアトレードよりも、地域の問題をみんなで一緒に解決する『コミュニティトレード』や、関係する人たちがみんなで育っていく『レイズトレード』といった言葉もあります。それは先進国も生産国も互いに学び合うということ。私もこの店を名古屋の中で学び合える場にしたいです」と六鹿さん。新たな感性とネットワークで、土井さんたちが築いたフェアトレードタウン・名古屋の流れを受け継ぎ、地道に発展させていくつもりだ。

4月上旬にはカンボジアから学生やプロのパフォーマーを招き、ミュージカル形式の舞踏ドラマの公演やミニ講演会を開催する予定。詳しくは同店のインスタグラム(https://www.instagram.com/huzu.fairtrade/)などで確認を。

フェアトレードに通じる「足るを知る暮らし方」を学び交流する場として定期的に開いてきた「タルシルcafe」は、店舗隣を会場に続けている=2024年1月20日、筆者撮影
4月に風"sが主催するカンボジアの舞踏ドラマ公演などのチラシ